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睡眠不足は脳にどう影響する?―注意力と記憶への深刻な影響
現代社会では「寝不足」が日常化しています。しかし、その代償は想像以上に大きいかもしれません。ペンシルベニア大学の Lim と Dinges が行った大規模なメタ解析(Psychological Bulletin, 2010)は、短期的な睡眠不足が私たちの注意力や記憶にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしました。
研究の背景と目的
過去100年以上にわたり、研究者は睡眠不足が人間の認知機能に与える影響を調べてきました。LimとDingesの研究は、これまでの個別研究を統合し、どの認知領域が最も強く影響を受けるのかを定量的に示した点で重要です。
方法と対象
- 解析対象:70本の論文(147の認知テスト、延べ1,500名以上)
- 対象者:健康な18歳以上の成人
- 睡眠条件:24〜48時間の完全徹夜
- 認知領域:
- 単純注意(反応速度テストなど)
- 複雑注意(ストループ課題、Go/No-Goなど)
- 作業記憶(ワーキングメモリ課題)
- 処理速度(数字記号置換テストなど)
- 短期記憶(単語リスト学習など)
- 推論・結晶性知能(語彙や推論テストなど)
主な結果
1. 最も影響を受けたのは「持続的注意」
- *単純注意(Psychomotor Vigilance Testなど)**で最大の低下が確認。
- 効果量は 中〜大(g ≈ -0.76) で、短時間の不注意でも重大な事故リスクを伴う。
2. 作業記憶と複雑注意も中等度の低下
- ワーキングメモリ課題で 中等度の影響(g ≈ -0.5〜-0.6)。
- 日常生活での判断力や仕事の効率低下に直結。
3. 処理速度や推論課題は比較的保たれる
- 自動化されたスキルや語彙などは、徹夜でも大きな影響を受けにくい。
4. 影響は「覚醒時間」に依存
- 分析の結果、**覚醒時間の長さ(homeostatic sleep pressure)**が認知低下の主な要因。
- サーカディアンリズム(体内時計)の影響よりも「起きていた時間」の方が強い予測因子。
理論的解釈
研究では3つの主要モデルが議論されました。
- 注意制御モデル
- 単調で退屈な課題ほど影響を受けやすい。
- 神経心理学モデル
- 前頭前野の機能低下により、作業記憶や抑制機能が障害される。
- 覚醒・警戒モデル
- 持続的注意力(vigilant attention)の低下が中核的。
結果として、持続的注意の低下がもっとも顕著で、事故やエラーの主要因になると結論づけられました。
実生活への警鐘
- 徹夜直後は交通事故や医療ミスのリスクが急増
- 判断力やワーキングメモリも低下するため、重要な意思決定は避けるべき
- 一見単純な「監視業務」でも深刻な注意力低下が起こりうる
まとめ
LimとDingesのメタ解析は、短期的な徹夜でも 注意力と作業記憶に深刻な影響 が出ることを明らかにしました。特に「持続的注意の低下」は現実の事故につながりやすく、睡眠不足が社会的に大きなリスクとなることを強調しています。
引用文献
Lim J, Dinges DF.
A Meta-Analysis of the Impact of Short-Term Sleep Deprivation on Cognitive Variables.
Psychological Bulletin. 2010;136(3):375–389. doi:10.1037/a0018883