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REM睡眠が感情の記憶を強化する ― 昼寝90分の効果
私たちの記憶は単なる情報の蓄積ではなく、「感情」と強く結びついています。特に、つらい経験や強い感情を伴う出来事は長く記憶に残ることがあります。では、睡眠はこの「感情の記憶」にどのように影響するのでしょうか?
カリフォルニア大学バークレー校の研究チーム(Nishidaら, Cerebral Cortex, 2009)は、REM睡眠が感情的な記憶を強化する役割を果たすことを、昼寝を使った実験で明らかにしました。
研究の目的
従来、睡眠が記憶を整理・強化することは知られていましたが、特に感情を伴う記憶が、どの睡眠段階で強化されるのかは十分に解明されていませんでした。研究者たちは、**REM睡眠中の脳活動(特にシータ波)**が、感情記憶の強化に重要ではないかと仮説を立てました。
実験の方法
- 対象 健康な若年成人31名(昼寝群15名、起床群16名) 睡眠障害や精神疾患の既往はなし、普段は昼寝の習慣がほとんどない人を選抜
- 課題 「感情的にネガティブな画像」と「ニュートラルな画像」を見て記憶 画像は標準化された IAPS (International Affective Picture System) を使用
- スケジュール
- 午後1時:画像を学習(第1セッション)
- 午後1時15分〜2時45分:昼寝群は90分の昼寝(PSGで記録)、起床群は覚醒
- 午後5時:もう一度画像を学習(第2セッション)
- 午後5時15分:記憶テスト(以前見た画像か新しい画像かを判定)
- 測定 記憶保持率(信号検出理論に基づくd’値) 昼寝中の睡眠段階と脳波(特にREM睡眠と前頭葉シータ波)
主な結果
1. REM睡眠を含む昼寝で感情記憶が強化
- 昼寝群は、4時間前に見た感情的画像の記憶を有意に保持
- 起床群は保持率に変化なし
- ニュートラルな画像には効果がみられなかった
2. REM睡眠の量と記憶保持が相関
- REM睡眠の割合が多いほど、感情記憶の保持率が高かった
- REM睡眠に入るまでの時間が短い人ほど、効果が大きかった
3. REM中の前頭葉シータ波が鍵
- 特に右前頭葉でのシータ波活動の強さが、感情記憶の強化と強く関連
- 他の睡眠段階や脳波帯域とは関連がみられなかった
考察
この研究から明らかになったことは次の通りです:
- 昼寝90分でも、REM睡眠を含めば感情的な記憶が強化される
- ニュートラルな記憶には効果がない → 感情に特化した現象
- REM睡眠は、脳が危険やストレスに関する情報を「整理・保持」する時間かもしれない
- うつ病やPTSDなど、REM睡眠に異常がみられる疾患で、ネガティブ記憶が過剰に強化される危険性がある
実生活への示唆
- 学習や仕事の合間に昼寝をすると、感情を伴う情報を効率よく覚えられる
- 感情の処理やストレス管理にも昼寝は役立つ可能性
- 一方で、REM睡眠が過剰になるとうつ病やPTSDに関係することもあり、バランスが大切
まとめ
Nishidaらの研究は、REM睡眠が感情的な記憶を強化する重要な役割を果たすことを示しました。昼寝90分という短時間でも、REM睡眠を含むことで記憶に大きな効果が現れるのです。
引用文献
Nishida M, Pearsall J, Buckner RL, Walker MP.
REM Sleep, Prefrontal Theta, and the Consolidation of Human Emotional Memory.
Cerebral Cortex. 2009 May;19(5):1158–1166. doi:10.1093/cercor/bhn155